the の意味特徴に、「ひとつ」という数の情報が含まれるか?

「数が幾つであるか特定できる」は、「特定できる」ことと、「特定された数が幾つか」の、2つの部分に分ける必要がないでしょうか?

the はあくまで「可能性がそれだけに絞られること」につくものであって、「その数がいくつであるか」は、名詞の単複や、「文脈・修飾要素の性質(と被修飾語との関わり)」によって示されるに過ぎないのではないか、という気がします。


こういう例があり得ると思いますが、どうでしょうか。

  • I know the players who played the piano trio at the concert.

「 私は、そのコンサートでピアノ三重奏曲を演奏した奏者たちを知っている。」

この場合、the players は「3人である」ことが、「三重奏曲 trio 」という文脈から、確定されるでしょう。

「そのコンサートでピアノ三重奏曲を演奏した」奏者が「3人であること」が、「唯一の可能性としてほぼ特定できる」わけで、定冠詞をつけない

  • ? I know three players who played the piano trio at the concert.

とか、名詞が単数の

  • ? I know the player who played the piano trio at the concert.

などの文は不可でしょう。


the による「特定」とは、名詞の数ではなくて、「解釈可能性が唯ひとつに絞られる」ということでしょう。
- I know the girl who played this piano then.
の場合、【解釈可能性が唯ひとつに絞られていること】は、「ある一台のピアノをある時点で弾く人数は決まっている」という「論理的判断」によって確定されて「 the 」によって表示され、【それが一人であること】は、「名詞の単数形」によって示されているのではないでしょうか。



ちなみにピアノの場合、「連弾」ということが可能なので、

  • I know the girls who played this piano then.

として、then の中身が「連弾のピアノ演奏が行われたときのこと」だと文脈からわかれば、「奏者が2人であること」が唯一の可能な解釈として特定されます。